田村の企画調整機能とは Tamura's definition of Planning & Coordination System

田村によれば、「企画調整部門の役割は、自治体が主体性をもち、地域に密着した市民の側から総合的で創造的な政策を立案し、かつ実践につなげてゆくためのシクミとして機能することである」そのための必要な機能として、「第一に自治体全体を戦略的に動かしてゆける機能である。第二に、企画調整部門のもっとも重要な機能は自治体の組織や機能を総合化し、全体の力を矛盾なく行動できるようにする機能である」としている。(田村明編著,自治体の政策形成・シリーズ自治を創る12,学陽書房、1989.9.1, p.159

 

そのため、企画調整の実践に際しては、「調整とは、全市で問題にするべきことについては、これまで縦割りに自分の城を守っている市の各部局に積極的に介入することを意味する。各部局は、素人が口だすなと、国の指令以外を極度に拒否していた。これでは素人である市民は置き去りで、専門部署の独りよがりになる。そこであえて役所の牙城に立ち入ることが必要だ。当然に強い反発が予想しなければならない。」とまで述べた。(田村明, 田村明の闘い, 学芸出版社, 2006.12.10, p.101

企画調整室誕生による依頼通達 Ordering request for PCD management

庁内報 No.2 1968515日 編集:庁内報編集委員会、発行:横浜市市民局相談部広報課

企画調整室設置にかかる事務の取扱いについて(依頼通達)

さる45日付けの機構改革に伴い、企画調整室が設置されたが、その趣旨は、本市の重要事項の企画・調整及び進行管理を円滑に行なうことにあるので、具体的な事務処理について、つぎのように貴局の職員に徹底されたい。

1.     本市に関係ある重要事項、事業及び会議並びに二局以上にまたがる事業等で調整の必要があるものは、すみやかに企画調整室(企画調整部)に連絡、協議すること。また、これらの事業等に関する方針決定等、重要な文書の処理については必ず企画調整室(企画調整部)に合議すること。なお、首脳部会議の開催については、昭和42923日付け総務第24号の通達を変更して、今後企画調整室(企画調整部)を経由すること。

2.     六つの基幹事業を含む重要事業計画については、進行上のポイントごとに、できるだけ早期に企画調整室(企画調整部)と事前調整を行なうこと。進行上のポイントとは、たとえば、上記事業の重要な方針決定、または変更、企画立案、計画策定、対外折衝および委託調整等をいう。

3.     企画調整室で企画した計画および企画調整室を経由する対外関係事務等について、必要のつど関係局において計画の立案、検討、調査、資料の作成等の分担をすること。

4.     上記諸点のほか、とくに公共投資の誘因になると思われる事項については、すみやかに企画調整室(企画調整部)に連絡し、調整をはかること。

                                      以上

 

 

文科省科研費への応募で「企画調整機能研究」申請落選
2021年度の科研費応募で、田村明の企画調整機能についての研究を申請しました。残念ながら落選しましたが、申請内容を公表します。
科研費」企画調整機能の形成と消滅:1960年代後半以降の横浜市を題材に(申請版)
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企画調整室都市科学研究室元職員・中川久美子氏ヒアリング記録
都市科学研究室は企画調整室の研究部門として1970年7月に、松本得三が初代室長となり発足しました。科学的な行政を市民の目線をもって進めることが目的です。中川久美子氏はその設立当初から職員として関わりました。その後も一貫して、市のなかで調査研究担当として定年まで勤めあげました。そのヒアリング記録です。
中川久美子氏・元都市科学研究室ヒアリング記録.pdf
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企画調整局プロジェクト室元職員・横山悠氏ヒアリング記録
プロジェクト室は企画調整室(1972年6月から局となる)の総合計画担当部門として1971年6月に発足しました。総合計画づくり以外に、医療福祉問題や文化そして地域経済等の多様なソフト分野の調査研究と事業化の仕組みづくりを担当しました。横山悠氏は長年プロジェクト室に在籍し、多様なテーマに関わりました。
横山悠氏・元プロジェクト室ヒアリング記録.pdf
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松本得三追想集「目にうつるものがまことに美しいから」
都市科学研究室の初代室長を務めた松本得三は、元朝日新聞記者でした。松本がいたから都市科学研究室が誕生した、といってよいでしょう。一人ひとりの市民を大事にする行政を標榜した松本は、若手職員たちに絶大な人気を博していました。この本は松本に関係する人たちによる追悼集です。
松本得三追想集.pdf
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松本得三遺稿集・横浜時代論文
松本得三追想集に含まれた横浜時代の遺稿集です。
松本得三遺稿集・横浜時代論文.pdf
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松本得三の年表
松本得三追想集に含まれた年表です。
松本得三年表.pdf
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田村明の描く企画調整機能 Planning and Coordination System by Akira Tamura

下記の図は、田村明の博士論文(東京大学、宅地開発と指導要綱、1980)に掲載されたものをコンピュータで書き起こしたものです(田口2020)。田村が意図した「企画調整機能」を表しています。

田村の企画調整機能の廃止 Abolition of Tamura's Planning & Coordination System

いま、当NPO会員と外部の研究者の方々と、「企画調整機能」についての研究会を立ち上げようとしている。田村明がつくった企画調整室は、縦割り組織を横につなぎ総合的な都市経営を可能にする要となっていた。物的な都市づくり面はほぼ解明されつつあるのだが、社会計画に係わるソフト分野での役割分析がまだ不十分である。企画調整室には、政治参謀の鳴海正泰、社会調査の松本得三、そして都市づくりの田村明が飛鳥田一雄市長を支え存在していた。1968年につくられた企画調整室は、田村の左遷により実質1978年に終焉を迎える。田村は1981年に横浜市を辞するのだが、翌年1982年、細郷道一市政(1978/1990)は「企画調整局解体」を宣言する。以下は、全市職員向けに配布される庁内報(隔月で発行された職員向け新聞)のコラム「標的」に記載されたものである。当時、1982年7月の国連ESCAPとの共催による都市づくりYLAPの国際会議中に発表された。国際会議の事務局一員として「企画調整機能」を世界に発信しようとしていた筆者(企画調整局都市デザイン担当)は、おおいに困惑し、かつ残念に感じた。ただし、「企画調整機能」の解釈が曖昧で、文中に「当初予定された企画調整機能をこえて…」があるが、では、その当初予定された企画調整機能とは何か、が述べられていない。恐らく、コラム担当者も分かっていなかったのだろうか…。(田口俊夫)

I'm about to launch a study group on the "planning and coordination function" with members of this NPO and outside researchers. The Planning and Coordination Office, created by Akira Tamura, was the key to connecting vertically divided organizations horizontally and enabling comprehensive urban management. The physical aspects of urban development are almost fully investigated, but the role of the soft aspects of social planning is still inadequately analyzed. The Planning and Coordination Office was staffed by Masayasu Narumi (political advisor), Tokuzo Matsumoto (social research expert), and Akira Tamura (urban planner), all of whom supported Mayor Kazuo Asukada. Tamura resigned from Yokohama City in 1981, and the following year, in 1982, the city administration of Michikazu Saigo (1978/1990) announced the dismantling of the Planning and Coordination Bureau. The following was written in the column "Target" in the City Bulletin (a bi-monthly newspaper) distributed to all city employees. This action to dismantling was announced during the International Conference on Urban Development YLAP, co-hosted by the United Nations ESCAP in July 1982. As a member of the secretariat of the international conference, I (in charge of urban design in the Planning and Coordination Bureau), who was trying to convey the "planning and coordination function" to the world, was very much puzzled and disappointed. However, the interpretation of the "planning and coordination function" on this column is ambiguous, and its sentence "beyond the originally planned planning and coordination function..." does not say what the originally planned planning and coordination function is. Perhaps the writer in charge of the column didn't know what he was talking about...(Toshio Taguchi)

 

よこはま庁内報 No.267 19827月号(620日発行)全職員配布

編集:庁内報編集委員会 発行:横浜市市民局市民活動部広報課

標的:企画財政局に期待する

▼今回の機構改革で、企画財政局が創設された。埼玉県にその例がある程度で、指定市ではもちろんはじめての組織である。市政の基本にかかわる企画調整機能と財政機能をあわせ持ち、トップマネジメントを補佐するというユニークな局の誕生であり、これに伴って、企画調整局及び財政局の二局が廃止された。これは実質的な一局削減であり、行革の要請にも応えたものとなった▼新局の発足に伴い、具体的な業務の範囲や、他の局区との関係はどうなるのかなど、職員の間でも関心をよんでいるが、細郷市長が、企画財政局を創設した狙いは、大きく次の二点に集約できるものと考えられる。その一つは、企画調整機能の純化と各局区との機能分担であり、もう一つは、ダイナミックな財政運営への期待である▼これまでの企画調整局は、当初予定された企画調整機能をこえて、実質的な事業実施へも一歩ふみ込んだ形で現在に至っている。ことの功罪は別として、これにより、事業局との機能分担の範囲が不明確になり、また、ややもすれば、事業局における創意工夫の意欲を萎えさせる面も生じていたことはいなめない。これまで、市の全機能をあげてその策定に取り組んできた「よこはま21世紀プラン」も実施の段階に入ったのを機会に、改めて企画調整部門の任務を本来の企画調整機能に立ちかえらせ、21世紀プランの進行管理とともに、市政の基本方向を誤りなくリードする役割を担うものとされたことは、誠に時期にかなうものといえよう。これにより、具体的な事業の企画と実施は、担当局の責任と創意工夫によって行われるが、改めて現局における企画能力の向上が求められるとともに、職員のやる気を起すよい機会になるものと思われる▼一方、よこはま21世紀プランに盛られた事業を着実に実行して行くためには、それなりの財源が必要であるが、世界的な低成長期に入った現在、これからの財政運営には、将来を見通した積極的な取組みと、情勢の変化に素早く対応する柔軟な姿勢が必要になる。その意味で、財政運営にも企画機能に求められている的確な洞察力と健全なバランス感覚が必要であり、そのためには、既存の財政機能の枠を乗りこえ、企画調整部門と財政部門がお互いに長短を補いあい知恵を出しあうことが求められるのであり、新局が成功するかどうかの一つは、企画、財政の両部門がセクトにとらわれることなく、混然一体となって力を発揮するかどうかにあるといってよい▼企画財政局の誕生は、職員ひとしく注目しているところであり、人事異動も終了した現在、いち早く体制を整え、その優れた指導性を発揮してほしいものである。

 

Yokohama City Hall Bulletin No.267, July 1982 (issued on June 20), distributed to all city employees

Edited by: Agency Bulletin Editorial Committee Published by: Public Relations Section, Civic Engagement Department, Civic Affairs Bureau, Yokohama City

Target: Expectations for the New Planning and Finance Bureau

As part of the recent organizational reform, the Planning and Finance Bureau was established. Actually, this is the first organization of its kind in a designated city, with the only example being in Saitama Prefecture. This is a unique bureau that will have both the planning and coordination functions, which are fundamental to city administration, and the financial functions, and will assist top management. With the establishment of the new bureau, there has been a lot of concerns among the administrative staff as to the specific scope of its work and how it will relate to the other bureaus and districts, but I believe that Mayor Saigo's aim in creating the Planning and Finance Bureau can be summed up in the following two points. One is the purification of the planning and coordination functions and the sharing of functions with each bureau and district, and the other is the expectation of dynamic financial management. The Planning and Coordination Bureau so far has gone beyond the originally planned planning and coordination functions and has now taken a step further into the actual implementation of projects. Aside from the merits and demerits of this move, it has made the scope of the division of functions between the Planning and Coordination Bureau and the other Bureaus unclear, and in some ways it has discouraged creativity and ingenuity in the other Bureaus. As the "Yokohama 21st Century Plan," which the city has been working on with all its functions, enters the implementation stage, the Planning and Coordination Department has taken the opportunity to reassert its original planning and coordination function, and has been assigned the role of managing the progress of the 21st Century Plan and leading the basic direction of the city government without error. It is truly a timely move. The planning and implementation of specific projects will be the responsibility and ingenuity of the bureaus in charge, and this will provide a good opportunity to motivate the staff as well as to improve the planning ability of the current bureaus. On the other hand, in order to steadily carry out the projects outlined in the Yokohama 21st Century Plan, adequate financial resources are needed, and as we enter a period of low economic growth worldwide, fiscal management in the future will require proactive efforts that look to the future and a flexible stance that can respond quickly to changing circumstances. In this sense, fiscal management also requires the precise insights and sound sense of balance that are required of the planning function, and this requires that the planning and coordination departments and the fiscal department overcome the sectionalism of their existing fiscal functions and complement each other's strengths and weaknesses and pool their wisdom. One of the factors that will determine the success of the new bureau is whether or not the planning, coordination, and finance departments can work in unison without being bound by sectionalism. The birth of the planning and finance bureau is attracting the attention of all staff members, and now that the personnel changes have been completed, I hope that the bureau will quickly establish its structure and demonstrate its outstanding leadership. 

横浜市民生活白書 White Papers of Yokohama Citizens' Lives

企画調整機能では、社会科学的な基礎調査を都市経営・都市づくりの前提としています。そのため、数年ごとに『市民生活白書』と名付けられた市民生活の観点からの総合的な社会調査が行われ、報告書としてまとめられ刊行され、市民が買い求めることができました。鳴海正泰の総務局調査室から田村明の企画調整室、そして松本得三の都市科学研究室へと受け継がれていきます。

In the planning and coordination function, basic social scientific research was a prerequisite for policy-making of urban management and development. Therefore, every few years, a comprehensive social survey from the perspective of citizens' lives, named "White Paper on Citizens' Lives," was conducted and published in the form of a report, which was available for purchase by citizens. From the Research Office of the General Affairs Bureau under Masayasu Narumi, it was passed on to the Planning and Coordination Office under Akira Tamura, and then to the Urban Science Research Office under Tokuzo Matsumoto.

市民生活白書昭和39年(1964)

飛鳥田市政で初の市民生活白書です。鳴海正泰(総務局調査室担当課長)が主導してまとめたものです。
横浜市民生活白書昭和39年.pdf
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市民生活白書昭和41年(1966)

鳴海正泰による第二弾です。
市民生活白書昭和41年総論.pdf
PDFファイル 22.5 MB
昭和41年版のみ二分冊になっています。
市民生活白書昭和41年各論.pdf
PDFファイル 88.6 MB

市民生活白書昭和46年(1971)

企画調整室(鈴木和夫室長)に1970(昭和45)年7月23日新設された都市科学研究室の初仕事です。松本得三室長らしさが出ています。なお、企画調整室企画調整部長の田村明が企画調整室長になるのは1971年6月からです。この市民生活白書は1971年1月発行です。
市民生活白書昭和46年.pdf
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市民生活白書昭和50年(1975)

企画調整局都市科学研究室(松本得三室長)による第二弾です。松本得三らしさがおおいに出ています。
横浜市民生活白書昭和50年.pdf
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政治家市長と官僚OB市長 Politician mayor and Bureaucrat mayor

2019624日(月)午後6時~8

桜木町市民活動支援センター4階セミナールーム2

講師:南 学

 

横浜市の首長は人物的におおきく様変わりしてきた。自治体改革を推進した政治家市長・飛鳥田一雄、それをサポートした都市プランナー・田村明に関心をもち市職員となった南学氏は、その後の国家官僚出身の細郷道一と高秀秀信の傍で仕えた後に大学教授に転身する。そして、おおいなる野心をもつ政治家市長・中田宏を担ぎ再び市政に戻ることになる。激動の人生を歩み、更に中田辞職後に追われるように市を去り、いまや行政の効率化を推進するコンサルタントとして全国を飛び回る。その講演内容は刺激的であった。

Full text of Minami's talk
政治家市長と官僚OB市長.pdf
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Excerpt of Minami's book
改革エンジンフル稼働第1章.pdf
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横浜市企画調整局職員名簿
企画調整室発足時から企画調整局が解体されるまでに在職した職員全員を網羅しています。当時のまちづくりに関る時代背景も併記しています。本研究会メンバーによる力作です。なお、情報出典は過去の横浜市職員録で、公開資料です。
20131218横浜市企画調整担当.pdf
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『横浜市総合計画・1985-市民による新しいまちづくり-』"The Comprehensive Plan of Yokohama City 1985 - A new city making by the citizens", the first comprehensive plan of Yokohama 1985  formulated in 1973 by Tamura's Planning & Coordination Bureau

田村明が室長そして局長を務めた企画調整は、みなとみらいや港北ニュータウンそして宅地開発要綱又はアーバンデザインのような物的計画だけでなく、医療・福祉・文化・環境・公害といった「非物的計画(課題)」についても研究計画し事業化に努めました。その一端が田村明が初めて手掛け1973年12月に刊行された『横浜市総合計画・1985』に表れています。都市づくりとは、物的計画だけでなく「社会計画」が必要なのです、田村のつぶやきが聞こえてきそうです。

Akira Tamura as the director of the Planning and Coordinaiton Bureau had committed not only to phisical planning but also to non-phisical planning as social planning issues such as health care, welfare, culture, and environment protection. You can see part of his commitment on the Comprehensive Plan of Yokohama City 1985 published in 1973 by his Bureau.

横浜市総合計画・1985 Part 1.pdf
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横浜市総合計画・1985 Part 2.pdf
PDFファイル 51.5 MB
横浜市総合計画・1985 Part 3.pdf
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横浜国際港都建設中期計画1969‐1973『新しい横浜をつくるプログラム』The Mid-term Plan of Yokohama city planning 1969-1973

1969年12月企画調整室による中期総合計画です。田村明による役所内で初めての「総合計画」づくりでした。
横浜国際港都建設中期計画1969.pdf
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(NPO会員限定)横浜国際港都市建設総合基幹計画書1957

当該計画書は1957年に平沼亮三市政で作成された戦後初の所謂「総合計画」です。原本が横浜市に存在しないため、国会図書館所蔵資料を複写したものです。著作権上の問題があるとのことですので、当NPO法人の会員が学術目的で利用するために限定して利用するようお願いします。
横浜国際港都建設総合基幹計画書1957.pdf
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横浜国際港都建設総合基幹計画(改定案)1963

当該計画(改定案)は1963年に半井清市政で作成された戦後二番目の所謂「総合計画」です。横浜国際港都建設審議会に当該改定案が諮問されたのですが、半井が市長選で飛鳥田に敗れたため、飛鳥田が原案を修正していくことになります。
横浜国際港都建設総合基幹計画(改定案)1963.pdf
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横浜国際港都建設総合計画1965‐1975

当該総合計画は1966年5月に飛鳥田市政で作成されたものです。それまでの市政における「総合計画」がまったく物的計画のみであったのを、飛鳥田の要請(1965年4月)で「福祉計画」を追加策定したものです。田村が「六大事業」を提案したのが1964年12月ですが、当該総合計画には反映されてません。六大事業が正式に横浜市の総合計画に反映されるのは1969年に策定された「中期計画」からで、1973年12月の「横浜市総合計画・1985」で正式に追加されます。
横浜国際港都建設総合計画1965-1975.pdf
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