「横浜まちづくり研究のこれまでとこれから」(NPO法人副理事長・田口俊夫)

 行政内都市プランナー田村明の弟子を自認する我々横浜市役所OBたちにとっても、田村明が取り組んだ横浜の都市づくりの全体像を語ることはできません。田村明が書き残した『都市プランナー 田村明の闘い』(学芸出版社,2006年)は、横浜の都市づくりを知るには格好の書なのですが、それでも史実にするにはまだ時期が早いため、配慮がなされ場所や人物を特定することができません。

 

 田村明がいうまちづくりの主体性と総合性を、具体の都市づくりの事例から学び直すことを弟子たちや田村明に関心をもつ仲間たちが考えました。それが2013年12月の任意研究会の発足に繋がりました。当初から、NPO法人化は視野に入っていましたが、実績を積んでからするべきであるとの考えから今年4月となりました。

田口副理事長の発表

 田村明は横浜に入る前の環境開発センター時代があり、横浜後の法政大学の時代もあり、全国各地で市民とまちづくりについて講演した時代がありました。世界各地も旅し、膨大なスライドを残してもいます。いま現在は、田村明の思想や発想の原点となる田村家の人々を研究することと、横浜の都市づくりの具体事例から史実を客観的かつ科学的に掘り起こすことを進めています。


 史実を発掘することは言うほど容易いことではありません。当時の担当者たちの証言を聞くことは一生懸命努力すればできるのですが、その証言を裏打ちする史料が求められます。非公式なメモ類も多数あるのですが、同様にそれを補完する公的史料がなければ、その真偽性が確立しません。都市づくりは当然のこととして、田村明一人ができるものでありません。多くの人々がそれぞれの立場で関わる「群像としての営み」です。それを明らかにしたいと考えています。


 ただ、研究テーマを深掘りするあまり、全体像が見えなくなることがあります。その意味性と意義性を確認しながら、徐々に進めたいと思います。そして、プロ的な研究ばかりでなく、より多くの方々に参加してもらえる勉強会も企画したいと願っています。

これまでの研究会では、田村明の家族たちと横浜都心部における高速道路の地下化から始め、用途別容積制、環境開発センターの浅田孝と田村明、そして元建設省で高速道路を担当していた渡部與四郎氏のインタビューとイラクバグダッド市の都市計画で田村さんと共に行動した現日本開発政策研究所の小林正一社長のインタビューなども掲載しました。すべての史料とインタビュー記録はデジタル化し、本研究会のHPに掲載公開できるようにしています。


 研究テーマの一例を申し上げれば、横浜市長飛鳥田一雄・企画調整局長田村明の時代に動きが薄かったみなとみらい(MM)開発が、なぜその後の細郷道一市長・小澤恵一企画課長の時代になり動くようになったのか、その背景を知りたいと思い立ちました。 なお、MMについての小論文を二つほど田口がまとめていますので、この講演会終了後に本研究会HPに掲載する予定です。


 さて、「その後動くようになった」といっても、現実的な工事は後の時代のことであり、みなとみらい開発地の中心部にあった造船所を所有する三菱側と開発について「合意」に達したことで計画が動くことにつながった、ということでしょうか。 その合意とは何か、を知りたいと強く思いました。市内部の方針決裁書を発掘したことで「合意」の概要は分かるのですが、それに至って背景が分かりません。 またその後、昭和58年にまさに土地区画整理事業と港湾埋め立て事業が開始されたのですが、その合意に三菱側が至るには背景があることが方針決裁書からも若干伺い知れます。 


 知りたい事ばかりで、知ってどうするのか、と言われそうですが、それらの「史実」を知らずしては、田村さんが目指した行政が誘導し民間主体が開発主体となる手法が果たして、その後も本当は成立したのかも分かりません。 


 計画を分析する上で事の善悪でみるつもりはありません。そればかりに着目して、全体像を見やまることも注意する必要があります。研究のポイントは、MM開発でどう関係者(関係機関)が負担して、開発が出来ていったのかを正確に理解したいと願っています。 つまり、田村後のMM開発を正確に理解し、評価できることによって、初めて田村時代の動きも理解評価できるのでないかと期待しています。 


 なかなか史実を調べる時に、役所OBが言うのも変なのですが、法律制度や事業を所管する役所が史料を公開してくれないことがあります。それでも、史料の当たりをつけて、担当官の協力得て、ついに史料を発見できた時の喜びは大きいものがあります。我々研究会の目的は、史料を発掘・共有・公開することです。多くの研究者や市民が史料に平等にアクセスできることで、「学び直し」はより進むと期待しています。


 この8月には田村たちが創った自治体学会の奈良大会があります。そこでポスターセッションの場をお借りして本研究会の活動を紹介させていただきます。将来的には海外にもこの研究会活動を発信できるように頑張りたいと願っています。今後も、全体像を見失うことがないように注意しながら、田村明が主張した主体性と総合性を念頭に研究を進めたいと考えます。 皆様のご理解とご支援をお願いします。