残念ながら、田村明さんには、黄金町の取り組みが始まった2005年以降、街を見てもらったことは記憶にない。ただ、田村さんが亡くなる1か月前に伊豆の自宅を訪ねた際に、黄金町について説明した記憶がある。話の中では、都市デザインはハードの整備だけではなく、地域とのかかわりやまちの人との協働作業が行われて、初めて都市デザインを進めていくことになるというニュアンスの発言をされていた。
田村明さんは著書「まちづくりの発想」(岩波新書)で地域づくりの欠点を下記のように6つ上げている。
① 研究者や建築家の提案する計画は、内容は示唆に富んでいても、現実を動かしてゆく具体的な実践に結びつかない。
② 現実面では個々の土木、建築などの建設事業だけが先行して、各専門分野相互の総合性にかけている。主体となる国、自治体、企業、住民の相互の関連がない。
③ 中央省庁はそれぞれタテ割でセクト化されており、地域としての総合的な力が発揮できない。自治体や企業も同様である。
④ 地域づくりには、ハード面だけではなく、これを運営してゆくソフトの面も重要だし、技術だけではなくデザインなどの造形的な想像力も必要だが、これらを横につなぐシステムがない。
⑤ 時間の経過の中で進行する計画を一貫して運営する仕組みに欠け、計画が分断的単発的になっている。
⑥ 計画が住民との関係がなく、本来、地域住民によって考えられ実行されるべきはずなのに、外からの押し付けられた計画がおこなわれやすい。
黄金町のまちづくりを進め、NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター(黄金町エリマネ)を立ち上げ、地域との協働作業を進める中で、黄金町エリマネでは田村さんが指摘した欠点に対してどう動いてきたのかを明確にしたい。
① 研究者や建築家の役割については、当初から建築屋や研究者に具体的、実践的に参画してもらい、まちづくりを進めてきた。その結果、建築家たちは、自分の与えられたパートを設計、コンバージョンし、研究者は黄金町のまちのマスタープランづくりに拘わり、また、こうした取り組みを全国に発信する立場となり、お互いがウインウインの関係性を保持することになる。この実現のために、ディレクター制度を採用して、ディレクターが全体のマネジメントをする形にしている。
② 行政等との相互間の関連は、警察を含め行政の役割をきちんと分担して、各々の役割を果たすことで「まちの課題」に取り組むようにしている。特に横浜市とは、様々な局や区と連携し、様々なまちの課題を解決していくことにしており、このセンター機能を黄金町エリマネが担っている。
③ 縦割りの弊害は、横浜市役所内では、都市計画局、文化観光局、建築局、消防局、横浜市大、など関係部局の課長に黄金町地区の再整備の兼務辞令を出し、年数回、会議を開催して、問題点を把握し、各局が個別の課題を解決することとしている。全体の統括は都市整備局と文化観光局、中区役所が担っている。毎月1回開催されるエリマネの理事会、地域の初黄日ノ出環境浄化推進協議会に局区、警察がオブザーバー参加して、地元の意見をくみ上げるように進めている。
④ 横につなげるために、その中心となる黄金町エリマネを発足させ、そのリーダーであるディレクターに権限を与えて、全体を総合的に考え、行動する形にしてきた。黄金町エリマネの理事は、地元町内会の有力者、学識経験者、アート関係者で構成され、ディレクターの提案について協議して進めている。
⑤ 一貫して運営する仕組みとして、黄金町エリマネを立ち上げ、地元や行政との折衝、地元のイベントの参加、独自のまちづくりのイベントやアーティストやクリエータの拠点の確保などを行っている。
⑥ 計画と住民の関係は、全体の計画自体を黄金町エリマネがコンサルタントや研究者と共同で作り上げ、それを住民と協議してまとめていくようにしている。また、住民発案の広場づくりなどを積極的に推進し、ワークショップ方式で広場づくりを進めるなどしている。
現在、NPO法人設立から7年目を迎えるが、行政側の担当者の移動や基本的な認識不足などで、当初に比べてヨコの連携やタテ社会の弊害を感じることも多い。特に、行政の支援の予算については、毎年、減額されることにより、職員の人件費が圧迫され、福利厚生など難しい場面も多くなっている。
それでも「地域づくり」の成果として、危険で市民が立ち入ることができなかった「買売春のまち」が安全で安心、普通に散歩ができる「普通のまち」になったことは、警察や行政の力もあるが地域住民のたゆまぬ努力のたまものと思う。
認定NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター理事 仲原正治