横浜都市農業の現状と未来 “Urban Agriculture of Yokohama, its now and future” by Minoru Hirayama

2019年9月19日(木)午後6時30分より8時30分

桜木町市民活動支援センター4階

平山実氏(横浜市環境創造局みどりアップ推進部環境活動支援センター長)

 

Urban agriculture of Yokohama is a product of strategic planning, never the one left over by laisser-faire planning. Mayor Ichio Asukata and Planner Akira Tamura had advocated this philosophy since 1968 onwards that even densely built up urban area needs farmlands for not only farmers but also urban dwellers, though the then national government strongly opposed to this local independent policy. In 2015 the new act, “Urban Agriculture Supportive Act”, was enacted by the national government to enhance urban farmland which they claim the necessity of urban life. It took half a century that people understand the value of urban griculture.

 

横浜の「都市農業」は、市街化による営農環境の悪化に危機感をもつ農家を支援する飛鳥田一雄市長の意向を受け、「都市農業問題研究会」が1967年と1968年に組織され、市職員と学識者により、都市農業振興のために、港北ニュータウンでの具体的な適用を検討しています。都市づくりを担当する田村明(当時、企画調整室企画部長)が、現実的な対応策を港北ニュータウンづくりの中で進めていきます。当時まだ元気だった市農政局(後に公園部門と合体し緑政局に)がもつ市内農家への人的ネットワークからの情報を活用した、どんなに小さくても営農意欲のある農地は残すという田村の方針(1969年)で、市域面積の四分の一を複雑に入り組んだ市街化調整区域として残す画期的なことにつながりました。

当日は、大変に素晴らしい講演会でした、横浜の都市農業の現状を語りつつ未来を参加者と共に探ろうとしたひと時でした。横浜の農業は農業産出額が県内一位、農地3,000ヘクタール、農家3,500戸で、市内全域を「横浜農場」と称するほどに一般市民を巻き込みながら元気に活動しています。かつて、飛鳥田市長と田村明が苦労して残した横浜の「都市農業」がしっかりと根付き、やっと「都市農業振興基本法(2015年)」により、都市内で阻害されたいた農地が「農地は都市にあるべきもの」になったのです。横浜から農地や市街化調整区域はなくてよい、という国の方針に抗した飛鳥田・田村から半世紀経って、やっと国も都市内にその存在を認めることになりました。地産地消により地元野菜や畜産物を育てる農家を今後、更に少子化で空き家が増え変貌する都市情況を如何に農地が再び広がり、都市居住と共存するカタチになっていくかが問われます。なお、全国で、横浜のように総合的かつ戦略的に都市農業を振興している自治体はありません。これだけ市街化された横浜のマチに、力強い農地が残されているのが世界的にも不思議なことです。当日の熱を帯びた講演と意見交換の内容は、またテープ起こしによって再現します。