Urban Affairs Association(以下、UAA)の学術大会がニューヨークのタイムズスクエアに位置するマリオット・マーキスホテルで開催された。私にとって「世界の首都」は初めての訪問。とにかくすべてが大きい。東京に住んでいれば、大抵どこの大都市に行っても、それほど驚くことはない。世界における日本のプレゼンスが全体的に凋落してきているとはいえ、東京以上に栄えている都市を探す方が難しい。しかしニューヨークは違った。地方から初めて上京した人が都会に圧倒されるという話を聞いたことはあったが、生まれて初めてその感覚を味わうことができた。その活気にも人間の多様性にも、そして大都会としての歴史の厚さにも、圧倒されて、初日はただホテルについてそのまま疲れて寝てしまったほどであった。都市について研究しようとするのに、ニューヨークにも行ったことがないなんて、と田口さんに言われていたけれども、ようやく身を持ってそれを実感した。このことだけをとっても私がここにきた意義があったと思えるほどである。そして改めて米国の物価高騰と歴史的な円安にも関わらず、こうしてニューヨークの学会出張に派遣してくださった田村明記念・まちづくり研究会の皆さまに感謝したい。
UAAの大会自体は4月23日から27日が開催期間であった。アメリカ国内からの参加者が比較的多い印象を受けたが、ニューヨークということもあり、世界中からの参加者に会うことができた。私が会話を交わした限りでは、都市計画や建築を専門としている人が多かった。どのようなオーディエンスが参加しているのかを事前に想定してテーマの切り出し方の戦略を立てることは、とりわけ、研究成果を発信するうえでは重要である。この点については後述するように反省すべき点もあった。
私自身が今回発表を行ったポスターセッションは4月25日(木)の午後2時半から午後3時までの30分間であったが、その前後にそれぞれ30分のポスター展示時間が設けられているので、トータルで1時間半ほどの研究成果の発表時間が与えられていた。私が今回こだわったのは、田村明とそれに関わる人々、つまり「個人史」をアーカイブすることが現代の都市空間のあり方を考える上で重要であるという点を強調することであった。これは2023年にメルボルンで開催された社会学の国際学会(ISA)での口頭発表でもらったコメントやディスカッションを踏まえたものであった。特に政策史として語られる革新自治体の「革新性」を考えるにあたって、むしろ「個人」がどのように動いたのか、ということを考えなければ意味がない。私はそのような立場を強調した。幸いにしてそのようなアプローチは斬新であるとして好意的に受け止められることが多かった。ただし、ここで先ほど述べたオーディエンスの関心というものが問題となった。すなわち社会学者が多かった前回の国際大会の場合には、いわゆる「正史」からこぼれ落ちる「個人史」を拾い上げるということの意義は、特に必要以上の説明をしなくても理解されやすかった。しかし今回のようにより広範な領域(広い意味での「都市学」)からの参加者が見込まれる場合には、そうした「個人史」の研究がもつ「効果」についてより明快な答えを要求されることが少なくない。したがって私の発表がどこか曖昧なものに見られてしまった懸念は否定できない。今回寄せられた「効果」の宛先は、環境問題、ジェントリフィケーション、アフォーダブルハウジング、創造産業の誘致、そして安全な都市といった現代都市社会がある意味で普遍的に共有する問題に対する解決であった。対して我々がこれまでに行ってきた研究の中心にあったのは、田村明を中心とした歴史的な事実の解明、そして、そこからいかなるインプリケーションを引き出せるのかということであった。前者については随分と研究が進んできたように思うが、後者については更なる追究が必要であることを痛感している。もっとも、我々の関心や活動について口頭で説明を行い、また事前に作成しておいた英語版のWebページへと誘導できたことはそれなりに成果があったと思うし、ポスターセッションというものの性質を生かすことができたと自負している。
最後に今回のUAAでの発表とその反応を踏まえて、我々の今後の課題について所見を述べておきたい。まずは田村明の資料のアーカイブ化(日本語・英語両方とも)は継続して進める必要があることは間違いない。この部分はNPOのアイデンティティとも言える部分でもある(英語版のWebのドメインもそれを意識したものにした)。最初に田村明やその周辺の人びとの営為、またそれが生み出したユニークなまちづくりの活動になんらかの形で興味を持ったとしても、その資料が簡単に手に入らなければ、そのまま忘れられてしまう。今回のポスターセッションでも、テーマに興味をもったオーディエンスからなんらかの読める資料はあるのかについて問い合わせが複数寄せられた。これは継続的にページをアップデートしていくことで対応可能である。次に我々の既存の研究成果を現代的な都市課題とどのように結びつけるのか、ということである。これは、例えば、企画調整機能や都市科学研究室ということの歴史的な検証に意味がないというわけではない。しかしそこから見出された事実、特に「個人」の分析からなにかしら役に立つ「効果」が取り出せるというわけでもないということである。これは個人的な反省でもあるが、我々はもう少し現代都市空間の問題について、田村明や1960年代〜70年代という文脈を離れて勉強する必要があるように思う。それによってはじめて「企画調整」や「革新性」に関する研究の発展的な可能性が見出されるのではないか。また個人的に重要だと感じたのは、UAAにおけるジェンダー比の問題である。これまで都市研究においては男性中心的な傾向が見られたように思う。しかし参加者のジェンダーバランスも刻々と変化しており、実際に田村明に興味を持ってくれた参加者の多くが女性であったことも注意すべきであろう。それはただちにNPOに女性の参加者を増やすべきである、ということではない。むしろこれまで十分に論究されてこなかったジェンダーの理論的な視点も踏まえたうえで、都市研究の可能性を構築すること、そしてそれを通じて田村明のまちづくりや自治体における「個人」のあり方についても考えることが必要不可決であると思う。以上のことは、もちろんひとりの努力では実現不可能なことであり、引き続きNPOのメンバーの協力を得ながら進められたら幸いである。